とある晴れた祝日 ぼくは走っていた
四十四田ダムにはまだ桜が咲いていた
老夫婦や子連れ などがのんびりと散歩をしていた
あいだ をぼくは走りぬけたその時
彼らはみな背景だった
ただ それら背景からしたら ぼくも背景であるらしかった
五月の陽気な景色 芽ぶきの景色の中 ぼくは
通りすぎてゆく一本の影にすぎなかった いや
見えてすらいないのかもしれなかった

彼らにも固有の
 ――それもとてつもなく複雑で、たいへん長い
過程があるだろう ぼくにもあるように

 しかしそれは考慮されることもなく
それぞれは背景なのだった









「自由」2(2017年11月)